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信仰告白

私たちは以下のことを信じる

1.聖書
聖書は全て神の霊感によるもので誤りなき神のことばである。それゆえ、聖書は全く信頼するに値し、信仰と生活の唯一絶対の規範である。
(1テモテ3章15節〜16節)

2.神
唯一にして生けるまことの神は、万物の創造主、聖にして愛の御方であり、永遠から父、子、聖霊の三位であられる。
(申命記6章4節、4章35節)(創世1章1節、レビ11章44節、1ヨハネ4章8節16節)
(創世21章33節、詩篇102篇27節、マラキ3章6節、マタイ28章19節、ヨハネ14章26節)

3.イエス・キリスト
イエス・キリストは永遠から父なる神と共に存在し、聖霊によって処女マリヤより生まれ、全く罪なき生活を送り、私たちの罪の為に十字架で身代わりの死をとげ、葬られ、陰府にくだり、三日目に死人の中からよみがえり、勝利のうちに昇天され、今なおご自身の民のために大祭司としてとりなし、また自ら大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って、この世に見える形で再臨される。
(ピリピ2章6節〜11節、コロサイ1章15節〜17節)(マタイ1章18節〜25節、ガラテヤ4章4節)
(1ヨハネ3章5節、2コリント5章21節)(コロサイ2章14節、1コリント15章3節〜6節)(使徒1章9節)(ヘブル6章20節、7章25節)(1テサロニケ4章15節〜18節、使徒1章11節)


4.聖霊
聖霊は完全な神性と人格を持ち、罪と義とさばきとについて世の人々の目を開きキリストを信じる者を生まれ変わらせ、信じる者の内に住み、聖め、その心に神の御言葉を語らせ、導き、慰めを与え、神の栄光をあらわさせてくださる。
(ヨハネ14章16節〜17節)(ヨハネ16章8節〜15節)


5.サタン
サタンは悪しき人格的存在であり、すべての悪の根源、神と人との最大の敵である。
(エペ6章11節〜13節、1ヨハネ3章8節、ヤコブ4章17節)

6.人間
人間は、神にかたどって創造され、神のとの正しい交わりにあったが、サタンの誘惑を受けたとき、自らの意思によって神の戒めに背き、罪ある者となった。それゆえ人間は、霊的または肉体的な死の支配下に置かれている.
(創世1章26節〜31節)(創世3章1節〜24節)。(ローマ5章12節〜21節)

7.救い
救いは神の主権と選びの恵みとキリストの身代わりの死によるのである。また、主キリストが必要な全ての犠牲を払い、また復活してくださったので、私たちはただ信じる信仰によって義とされる。このキリスト以外に救いはない。そして、神が召してくださった者達は神によって最後まで守られ、ついに全く、主に似た者とされる。
(エペソ1章20節〜21節)(エペソ1章3節〜12節)(ローマ3章21節〜26節)(使徒4章12節)(1ペテロ1章5節)(1ヨハネ3章2節)

8.終末
主イエス・キリストが再臨されるとき、全ての者は肉体を持ってよみがえらされ、義とされた者は永遠のいのちを受け、不義なる者は意識を持って裁かれ、永遠の刑罰をうける。(1テサロニケ4章13節〜18節)(黙示20章)

9.教会
教会は、イエス・キリストを信じてバプテスマを受けた信徒たちから成る。教会は、教会のかしらなるキリストの主権のもとに宣教と互いの交わりと教育をなし、礼典を守るために組織される。教会は自主独立した組織であり、その役職は牧師と執事である。  (エペ1章20節〜23節)(1テモテ3章)

10.礼典
教会が守るべき礼典は、バプテスマと主の晩餐の二つだけである。
1)バプテスマは父、子、聖霊なる三位一体の神の御名によって行われる信仰者の全身浸礼である。バプテスマは信仰者がキリストとの死とよみがえりにあずかっていることをあらわすのである。
(マタイ28章19節) (コロサイ2章12節)

2)主の晩餐は、私たちの主が私達の罪のために死なれたことを記念する象徴的な儀式である。それによって、信仰者はパンとぶどう酒が象徴する主の御体と流された血潮にあずかり、主の再び来られるときまで、主の死を告げ知らせるのである。(ルカ22章17節〜20節)  (1コリント11章23節〜31節)

11.主の日
主の日、すなわち週のはじめの日は、キリストの復活を記念する日であるので、礼拝をなし、また交わりと証しと奉仕のために喜びをもって用いられるべきである。(使徒20章7節) (ヨハネ20章)

12.国家
教会と国家は分離すべきである。教会と国家はそれぞれ異なった機能を持ち、国家は社会の秩序のために神によって定められたものであり、教会は為政者のために祈り、彼らを敬い、従うべきである。ただし、主イエス・キリストの御心に反しない限りにおいてである。 (1テモテ2章1節〜4節)



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